「不満があっても、黙って従うしかない」
「どうせ言っても変わらない、辞めたら困るのは自分だ」
…会社員ならそう思う瞬間、ありますよね。私にも長い間、そういう時期がありました。でも今は違います。
私は42歳のITエンジニアです。
過去に投資で500万円以上を溶かし、一時は「もう資産形成なんて無理だ」と思いました。それでも諦めずに再設計を続けた結果、今は3,000万円台の資産を持つ会社員として働いています。
そして、その資産が積み上がる過程で、会社での自分の立ち回りが、少しずつ、でも確実に変わっていきました。
この記事では、その変化の実体験をそのままお伝えします。
資産があると「辞められる」だけじゃない。
会社側が動くようになります。
会社が先に折れた
資産3,000万円台
資産ゼロのころ、私はずっと我慢していた
社会人になってからしばらくの間、私は「会社に言われたことを黙ってやる」が当たり前の会社員でした。
残業が増えても文句は言えない。担当プロジェクトが気に食わなくても受け入れる。昇給が月1,000円でも「仕方ない」と思う。
なぜそうしていたか。答えは単純で、辞めたら困るのは自分だと思っていたからです。
貯金はほとんどない。スキルへの自信もそこまでない。転職したとして、今より悪くなったら?という怖さがある。その状態では、不満があっても黙って従うしかありませんでした。
仕事量は増えても、給料はほぼ変わらない構造
特に嫌だったのが、仕事量と報酬の非対称です。プロジェクトが増えれば担当範囲も広がる。でも昇給は年間数千円。頑張れば頑張るほど、担当範囲が広がって忙しくなるだけ。
「頑張ると損をする構造だ」と気づいたとき、正直かなり虚しい気持ちになりました。でも、その頃はまだ「会社に強く出る」という発想そのものがありませんでした。
資産が増えるにつれて、思考が変わっていった
転機は、資産が少しずつ積み上がり始めてからでした。
500万円を溶かした後、インデックス投資を軸に再設計し、数年かけて資産を回復させていきました。1,000万を超えたとき、2,000万を超えたとき、それぞれのタイミングで、少しずつ思考が変わっていくのを感じました。
3,000万円を超えたあたりから、本当に変わった
変化が明確になったのは、資産が3,000万円台に乗ったころです。
「最悪、辞めてもなんとかなる」という感覚が、頭の中の理屈ではなく体感として持てるようになりました。
資産運用の勉強をしていたので計算はできていました。3,000万円あれば、生活水準を下げれば数年は生活できる。転職活動期間くらいは余裕で耐えられる。その数字が、精神的なバックボーンになりました。
3ヶ月の定時帰り:意図的な境界設定
資産が積み上がった後、私が実際に変えた行動があります。それが「定時帰り」です。
毎日、定時になったらPCを閉じる。残業しない。それを3ヶ月続けました。
これは「サボった」わけではありません。自分で働く範囲を決めたのです。
上司の反応、同僚の目、それでも続けた理由
最初は周囲の目が気になりました。「あいつ最近早く帰るな」という空気は感じました。直接何か言われたわけではないですが、なんとなく居心地の悪さはありました。
それでも続けられたのは、「最悪辞めてもなんとかなる」という資産の裏付けがあったからです。居心地が悪くなって辞めることになっても、経済的には問題ない。その安心感が、3ヶ月の継続を可能にしました。
また、この3ヶ月を通じて気づいたことがあります。仕事の量は自分が許容した分だけ増える、ということです。断らなければ増え続ける。それが構造的な真実でした。
ある連休をはさんだ逆転劇:辞めると決めたら、会社が先に折れた
そして、この記事で一番伝えたいエピソードです。
ある時期、ある指示を明確に断った
ある時期のことでした。以前から関わりを断っていた人物を通じて、ある医療系の業務システム関連の担当指示が来ました。
過去にその人物との関わりについて上司と約束していた経緯があり、私はその指示を明確に断りました。「それはできません」と。
会社は動きませんでした。「検討する」「上に確認する」という言葉が続き、事態は宙に浮いたまま。
連休前に「明けたら辞める」と決意した
連休に入る直前、私は心に決めました。「連休明けに状況が変わっていなければ、辞める」と。
誰かに宣言したわけではありません。でも本気でした。資産が3,000万円台ある。最悪しばらく働かなくてもいい。転職活動も並行して始めていました。
この決意が本気だったのは、逃げではなかったからです。「この状況は正しくない、だから変える」という確信がありました。
連休明け、会社が先に撤回した
連休明けに出社すると、会社側から連絡が来ました。「その件はなかったことにしてください」と。
私が何かをしたわけではありません。ただ、本気で「辞める」という状態になっていた。それが会社側に伝わったのだと思います。
本気で言える状態になって初めて、交渉力が生まれる
3,000万円台という数字が、覚悟を支えた
それを変えるのは、スキルより先に資産だった
その後、私の価値観が再定義された
この出来事を経て、私の中の何かが変わりました。会社との関係の捉え方が、根本から変わったのです。
昇格不要を上司に明言した日
しばらくして、上司から「今後のキャリアについて考えているか」という話がありました。
私は正直に言いました。「昇格は求めていません。今の仕事を適切な範囲でやり続けることを優先しています」と。
上司は少し驚いた顔をしていました。「そういう選択もあるのか」という感じで。でも私には、もうその評価軸で生きることへの執着がなくなっていました。
労働時間の最小化が最優先になった
今の私の優先順位は、シンプルです。
①健康と時間を守る ②資産を淡々と積み上げる ③仕事は適切な範囲でやる
昇格・評価・社内政治は、この優先順位のどこにも入っていません。資産が積み上がる前は、この優先順位で行動することが怖かった。でも今は、この軸で動くことが自然になっています。
500万円の損失がなければ、ここに来なかった
こうして書くと、うまくいった話に聞こえるかもしれません。でも道のりはそう単純ではありませんでした。
損失→絶望→再設計という道のり
数年前、私は投資で500万円以上を失いました。当時は本当に絶望しました。「もう資産形成なんて自分には向いていない」と思いました。
タイミング悪く、嫌いな部署への異動も重なりました。仕事でも投資でも全部うまくいかない、という時期が続きました。
そこから立て直したのは、お金の勉強をやり直したことがきっかけです。インデックス投資を学び、「時間をかければ不可能ではない」という確信を持てるようになりました。そこから少しずつ、再設計が始まりました。
「不可能じゃない」と思えた日から、行動が変わった
資産形成に関して「不可能じゃない」と思えた日、仕事への向き合い方も変わりました。
「この仕事に全力を尽くさないと生活が成り立たない」という恐怖が薄れ、「仕事は仕事、自分の時間と健康を守ることも同じくらい重要だ」という感覚が生まれました。
500万円の損失は痛かったです。でもあの失敗と再設計がなければ、今の自分はなかったと思っています。
資産がもたらす変化:3段階で整理する
私の体験をもとに、資産の積み上がりと会社員としての心理的変化を3段階で整理してみます。
| 段階 | 資産目安 | 会社員としての変化 |
|---|---|---|
| 第1段階 | 〜1,000万円 | 「すぐ詰むわけじゃない」という安心感が生まれる |
| 第2段階 | 1,000〜3,000万円 | 転職・休職という選択肢が現実的になる。会社以外の道が見え始める |
| 第3段階 | 3,000万円〜 | 「本気で辞めてもいい」が体感になる。会社との関係性が変わる |
| 私の現在地(4,500万円台・目標7,000万円) | サイドFIREという出口を設計中 | |
この変化は資産の額だけで決まるわけではありません。「この資産があれば最悪なんとかなる」という確信を持てるかどうかが重要です。その確信は、お金の知識と資産運用の経験が積み重なってはじめて生まれます。
よくある質問
まとめ:資産は「逃げる自由」だけじゃない
- 資産がゼロの状態では、不満があっても黙って従うしかなかった
- 3,000万円台になって、「最悪辞めてもいい」が体感になった
- 定時帰り3ヶ月で、働く範囲を自分で設定できるようになった
- 断ったら会社が折れた。資産が「会社を動かす力」になった
- 昇格・評価への執着がなくなり、時間と健康を最優先にした
- 500万円の損失と再設計があったから、今の自分がある
資産形成の本当の価値は、お金そのものではなく、選択肢と自由を手に入れることにあります。まず一歩、始めてみてください。

コメント